コラム
2025.03.02
イベントレポート
「アーティスト黑田菜月の作品上映、そしてその質問と回答」
山岡大地

2024年10月26日(土)、27日(日)の二日間にわたり、ロームシアター京都にて「アーティスト黑田菜月の作品上映、そしてその質問と回答」が開催された。若手アーティストの活動を支援するこの事業は、アーティストと「ワークショップ」という形式の新たな関係性を探ることを目的とした本イベントは、HAPSが進める「ART⊆WORKSHOP〔現WORKS_HOP〕」プロジェクトの一環として企画されたものである。2日間にわたり参加をしてくれた山岡大地さんにレポートを書いていただいた。

イベントレポート:山岡大地
簡単に自己紹介すると、筆者は普段、山口情報芸術センター[YCAM]というアートセンターで教育普及という仕事をしている。YCAMは、作品を「発表する場」であると同時に「つくる場」であることが特徴の公共文化施設だ。ここでいう「つくる」には、アーティストとYCAMの作品制作だけでなく、鑑賞者が作品を解釈し、そこから生まれる対話や変化も含まれる。
そんなYCAMにおける教育普及は、アート作品と鑑賞者や、情報技術と利用者の間に、変化を起こすための、きっかけの場をつくる仕事である。
たとえば「サンカクトーク」というワークショップでは、作品を見た参加者が質問を匿名で書き、他の参加者がその質問に回答することを通じて、作品をはじめ自分や他者への見方を広げたり深めたりするきっかけを提供する。
また、筆者が2013~2018年に手がけた「コロガル公園シリーズ」は、コンピューターや通信技術、映像などのメディア・テクノロジーを随所に埋め込んだ仮設の公園だ。利用者に「どんな公園があったらいいか」を質問して回答を集め、利用者とともに公園のしつらえを変化させていく。こうした体験を通して、情報技術の可能性や、公共について考えるきっかけを提供する。
「質問」は誰かと関わる入口のようなもので、きっかけの場には欠かせない。
そんな山口にいる自分が出張で京都へ訪れることになり、前後で何かしてないかなと調べたときに、たまたま見つけたイベント。
セロハンテープで手書き文字や写真をコラージュした手作りの痕跡が残る告知ビジュアル。黑田さんってこの写真の奥に写っている人かな?(←これは違った)何を見ているんだろう。光が綺麗な写真だ。二人の眼差しはちょっと鋭く、でも優しい。質問と回答……自分にも関係ありそう。
そんなことを考えながら、以前、友達に散歩のコツを聞いたとき「自分のいい予感がする方向に歩いて行くんだよ」と言われたのを思い出して、えいっと申し込んだ。
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10月26日(土)

会場はロームシアター京都の3階会議室。小さな部屋に、大きな窓。外はもう暗い。ゆったりとした間隔で椅子が並んでいる。
しばらくしてHAPSの櫻岡さんの挨拶のあと、映像が始まった。
《友だちの写真》という映像作品。
小学生の子どもたちが、自分の背丈ほどの三脚に置かれたポラロイドカメラで、動物園の写真を撮る。覚えたての言葉が散りばめられたヒントの紙を頼りに、誰かが撮った写真と同じ写真を撮るのがミッションだ。少し背伸びしながらファインダーをのぞく姿。頑張っている人を見ると、思わず応援したくなるのはなぜだろう。ヒントを出した子がどんな写真を撮ったのか、自分も想像した。見終わると、楽しい思い出を一緒に体験したような、友だちがすこし増えたような感覚が手元に残った。


その後の対談では、作品の制作背景やワークショップの進行方法、撮影の仕方、参加者の集め方など、長谷川さんの質問を受けて黑田さんが語った。
写真を撮ることに伴う体験をテキスト以外で伝える方法を模索する中、黑田さんにとって無理のない手段が、ワークショップをしている様子をおさめる映像だったこと。ビデオカメラを向けられても緊張しないように見えた子どもたちは、実はその場で初めて会った関係で、時間も2時間程度だったこと。参加者にはワークショップの詳細ではなく「映像の出演者募集!」という形で告知していたこと。黑田さんはワークショップを進行しながら、大人の映像撮影班4人に細かく指示出ししていたこと。
長谷川さんと黑田さんの質問と回答を聞きながら、まるでポラロイドカメラで像がじわじわ浮かび上がるように、スクリーンの外側の風景を想像した。
最後に参加者にも質問の機会が回ってくる。
このイベントは明日もある。でも自分は別の予定があるし、15時には京都を出なきゃいけない。でもなんとなく、明日も参加した方がきっといい気がした。悩んだ末に「これ明日も来た方がいい予感がしてるんですけど、どう思いますか?」と聞いてみた。
背中を押してほしいのがバレバレの質問に、黑田さんと長谷川さんは少し戸惑いながらも「無理はしないで」と笑顔で返してくれた。自分もそうだよな~と思いながら笑った。

会場を出て、電話で上司に早速相談する。「出張計画を変更することになっちゃうけど、明日も行った方がいい気がするんです。YCAMで教育普及のスタッフも募集しているし、京都近辺でワークショップに携わる人が全員来そうです。」最後の「全員来そうです」は少し盛った。上司は家で夕飯を食べてる最中だったのか、ちょっとモグモグさせながら「いいよー」と言ってくれた。よかった!ありがとうございます。思わず笑顔で電話を切った。
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10月27日(日)
2日目も黑田さんの映像作品の上映から始まる。
特に印象に残ったのは《部屋の写真》。
部屋の一部を切り取った写真が、しばらく映し出される。あまりにもじっと動かない写真に、少し不安になる。誰かの声が字幕とともに写真と重なる。よかった、再生されていた。「…あ、汚れが気になる。今はこれ、きれいやから」と語る声。この人はこの部屋を知っているらしい。やがて映像は語り手の姿に切り替わる。着古したTシャツに、少しぼさっとした髪、優しい目。Tシャツが揺れている。風が吹いている。
喋っている人は誰なんだろう。住んでいる人のことを思い出して笑ったりしながら話している。言葉が絶妙に他人ごと。でも冷たくはない。家族?親族?どうやらどちらでもない。こうして次の写真が映し出され、語りも別の人に切り替わる。映像を見ていくうちに、話し手はこの部屋の高齢者を仕事でケアしていたスタッフであることがわかってくる。
写真が再生ボタンのようになって記憶が思い出されていく。亡くなった人を思い出して泣き出すスタッフもいた。家族じゃなくても親しい関係はあるし、仕事のなかにも私的な関わりがある。自分もいつか誰かに、こんなふうに思い出されたいと思った。
ふと、写真や映像は栞のようなもので、私たちがまだ途中にいること、そしていつか誰かに思い出されるかもしれないと気付かされる。

上映が終わり会議室を出ると、奥行きのある広い廊下のような空間で第二部が始まる。
参加者のほかにも、ロームシアターや蔦屋書店を利用する人たちが廊下を通り過ぎる。壁に投射されたイベント画像の横には「気にせず通ってください。」という文字が加わっていた。
渡辺さんと黑田さんの対談が始まり、渡辺さんの映像の感想を聞きながら、自分も頷く。
「作品の中で黑田さんがカメラの前で写っている方に、質問をかなりされてる。その声が結構入っていて、割と容赦ない感じが面白い(笑)」と渡辺さん。
黑田さんは、ワークショップのシミュレーションを事前にしっかり行い、質問をたくさんストックしておくそうだ。それでも、ときにはその場で思いついた質問を、参加者のタイミングを見計らいながら投げかけるという。
「(正解のような回答を)引き出すという感覚はなくて、でももし正解があるとしたら、その人がその人の言葉で、見えているものについて話すこと。それを言ってくれたら、何を言っていても構わない。」
質問を投げかけることは、シャッターを押すのと似ていると思った。相手が「求められている答え」を察して回答したときには、さらに質問を重ねる。そうするうちに、その人のありようが見えてくる。

「風が吹いてたからなんとかできた。」
それは映像作品《部屋の写真》についての質問に答える中で、制作背景が語られていたときの言葉。封鎖的な施設の中、小さな部屋で撮影したけれど、窓を開けたら風が入ってきた。それが良かったという。
確かに自分も見ていて心地いいと思った。でも、そう思ったのはなぜだろう。
そもそも撮影するとき、普通は窓を閉める。映像の音をノイズなく撮るために。しかし、それは私たちを世界から切り離す行為でもあるように思えた。
黑田さんの作品は、鑑賞者にも質問を投げかける。作品を見ていると、小さな問いがたくさん浮かんできて、それを頭のなかで回答しながら鑑賞を進める。気が付けば被写体と共同作業をしたような連帯感が生まれる。そんな見る・見られるが同時に起こる、半開きの映像。
そんな半開きの映像に映る風は、被写体と私たちがゆるやかにつながっていることを示す「メディア」(なにかとなにか、誰かと誰かをつなぐもの)として機能していたのかもしれない。
黑田さんのワークショップに参加したことのある方は「黑田さんは参加者が言ったことに質問を返すとき、言い換えをしない」と言っていた。相手の言葉を、相手の言葉のまま返す。本人とは別の解釈で補足する都合の良い鏡ではなく、相手のありのままを映し出す。
今回イベントレポートを執筆するにあたり、どのように書くかすごく迷った。当初依頼された800字ではイベントの説明だけで終わってしまい、魅力が伝えきれない。かといって、すべて文字起こしするのであれば自分が書く必要がない。結局、自分に見えたものや感じたことをなるべく自分の言葉で書いたつもりだが、正直背伸びしている部分や都合のいい解釈もかなりあると思う。
それでもなお、黑田さんがイベントで「映像のなかに自分の未熟な部分もあえて残している」と言っていたことに勇気をもらって、筆者も今の自分を栞としてここに残しておく。
今回、イベントの告知文はこんなふうに始まる。
「突然ですが、『ワークショップ』ってなんでしょう。」
イベントが終わった今も、この問いは自分のなかに残っている。
カメラが絞りを開けないと光を受け止められないように、ワークショップも開かないことには始まらない(そしてワードを開いて自分を開示しないと原稿も終わらない…)。
アーティストと「ワークショップ」という形式の新たな関係性は、参加者である私たちの語りによって開かれる。私たちはまだ途中だ。
■イベント概要
日時|2024年10月26日(土)18:00~20:00/10月27日(日)13:00~19:00 ※両日とも入退場は自由
会場|ロームシアター京都 3Fパークプラザ/会議室(〒606-8342京都市左京区岡崎最勝寺町13)
料金|無料(予約優先)
定員|20名程度(当日参加も可能ですが、上映会やトークイベントへの参加は予約者を優先します)
アーティスト|黑田菜月
ゲスト|渡辺亜由美(京都国立近代美術館特定研究員)※10月27日
プログラム|
10/26(土)
18:00~《友だちの写真》上映(会場:3F会議室/上映時間約30分/入場は17:30から)
19:00~ 質問と回答 黑田作品篇(会場:3F会議室)
10/27(日)
13:00~作品上映(会場:3F会議室)
上映作品:《動物園の避難訓練 13:10~14:00》《部屋の写真 14:10~40》《友だちの写真 14:50~15:20》《野鳥観察 15:30~16:10》
13:00~半公開作戦会議、ときどき散歩(会場:3Fパークプラザ )
16:30~質問と回答 全体篇(~19:00/会場:3Fパークプラザ/ゲスト:渡辺亜由美)
おまけ:あまりにも盛り上がった結果、参加者に事前に聞いていた「質問」にまったく触れられなかったため、黑田と長谷川がイベント後に収録したラジオ音源🔗

プロフィール
山岡大地
島根県生まれ。山口大学教育学部卒業。遊びと学びを結ぶ場づくりに関心があり、映像やインターネットを活用した新しい体験の提供を目指している。 2014年に山口情報芸術センター[YCAM]エデュケーターに着任。YCAMではオリジナルワークショップや鑑賞プログラムの開発・実施をはじめ、イベントの企画制作など教育普及事業全般を担当。主な企画に「コロガル公園シリーズ」(2013~2018年、山口~東京)、「第5回 未来の山口の運動会」(2020年、オンライン)、「わたしもアートがわからない vol.4」(2024年、山口)、「VIVISTOP YAMAGUCHI」(2021~2023年、山口)。パブリックプログラムを担当した展覧会に「ヴォイス・オブ・ヴォイド—虚無の声」(2021年、山口)、「浪のしたにも都のさぶらふぞ」(2023年、山口)などがある。 趣味は知らない人と話すこと、山を見ること。